間抜けの構造/ビートたけし

間抜けの構造

こんにちは。

今年も一ヶ月が過ぎ、少しずつ春の訪れを感じる様になりました。 昨日、十年来の友人と色々と話しをしていて、『SNS少し疲れたし、すごい時間をとられるよね。』なんて話しをしてました。ですので、Blogの価値がまた見直されるのかもしれないなと個人的には考えています。 ということで、Blogの更新頻度も少しあげて、好き勝手書いていこうかなと思っています。日記になってもいいじゃん!というノリで、つらつら書きたいと思います。

さて、表題についてですが、みなさん読まれましたか? あらゆる『間』をテーマに、物事の本質をついた著者ならではの見解が語られています。

漫才の間、音楽の間、映画製作の間、人と人との間。

私たちはあらゆる間を埋めたり、空けたりして空間をコントロールして日々生きています。私自身は音楽(DJ)に関わって来て、『間』の大切さを現場で痛い程感じてきました。表現者と受け取り側との間、音と箱(空間)との間、曲と曲の転換時での間など多くの間を気にしながら、表現する必要があります。自分の事を棚に上げて言いますが、下手なDJに共通する事は『間が悪い』ということに尽きるんじゃないでしょうか。

楽器の演奏などでも、間(休符)の取り方がとても大事なのではないかと素人ながら思う訳です。音が鳴っていない間をどう表現するかで、プレイヤーの個性が出てくるのではないでしょうか。究極はジョンケージの『4分33秒』。

 著者の映画編集の中で、『間』をコントロールする為に『白味』をいれると書かれています。白味とは何も映っていないコマのことで、それをあるシーンに1コマだけ入れる。そうすると画面がちょっと「フワッと」となり、それがあるのとないのでは、感覚として大きく違うという。1コマ=1/24秒だから、視覚的にはまったく気づかないはずなのに。

間をコントロールするということは、人生そのものをコントロールすることでもあると思います。最近感じる事は、間を埋める事にはみんな必死なんだけど、間を空ける事がもう少しあってもいいのでは?と。 スケジュールを無理矢理埋めたり、会話の沈黙を埋めたり。画面がテロップだらけのお笑い番組だったり。

一人で自分と向き合う時間も大切な『間』だと思います。

オススメBookでした。

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